こどもの視点からの体験です。赤ちゃん欲しい、産みたい、育てたい!!盲目的に熱望したり、産まれなくて悲嘆に暮れる前に、ちょっとだけ聞いてほしいのです。よかったら排卵日前後に。「妊娠して幸せです!」「赤ちゃん欲しい」「中絶で悩んでます」etc…など両極の女性達の書き込みを何年も読み続けて初めて投稿します。
胎内にいる時、私は一定間隔で胎内からノックをする癖があったそうです。「とん。とん。」て。産まれた時、母は「天使みたい」と発言しました。そのときは、大切に守ろうと決意したのでしょう。ですが、赤ん坊ってそんなに可愛いでしょうか。私は新生児をみると憂鬱になります。可哀想で…。理不尽な世界に産まれ、汚染された水道水・牛乳、空気・農薬・添加物にまみれた食品の時代に育つと思うと…世界の、不自然な制度も。(偏見はよくないとわかっています)。もちろん普通は幸せを願って育てられますが、実態は様々です。どんな可愛くとも赤ちゃんはマスコットではありません。こうして苦しみ、思考するように育つのです。 私の場合、母が再婚して10年間くるしみと憎悪の毎日でした。ずうっと憎悪と怨念のかたまりというか(こどもなのに…)。毎日「なんで私を産んだの?」と、死んだほうが楽かも、と。おとなは、自分の都合で恋愛したり離婚したり、こどもがどんな毎日を過ごすかなんて想像もしない場合が多すぎます…。よく皆ポンポン産むなァとも、思います。高校時代に同級生達が中絶で悩む姿も常々みましたが、内心「だからなんで妊娠するわけ?」「注意深くすればいいだけなのに…」と思っていました。自分でも冷酷だと思います。たまたま虐待死とは無縁でしたが、私も親の浅はかな恋愛、出産や離婚や再婚によって、苦悶の幼少期を過ごした側のひとりです。どうしてもあらゆる事に対して冷淡な人間に育ってしまいました。若い両親に、早く家を出て野たれ死にすればいいと言われて育ちましたし、親が私のことを疎ましくて忌まわしくて仕方ない空気を毎日かんじて大人になりました。今でも、私は邪魔な子、いなくてもいい子、という基本姿勢は変えられません。母も「天使みたい」とは思ったものの、現実の厳しさに母の心を見失ったのでしょう。
私が12歳のとき、弟は産まれました。(父が違う)弟が12歳のとき、赤ちゃんが産まれました(母が違う)。再婚、離婚、継母、継父の経緯は略します。私には偶然に思えません。いま弟が心配で仕方ありません。弟の暮らし思うと、苦しいです。苦痛で窮屈な日々が、成人するまで続くのが身にしみてわかるからです。連れ子が煩わしくて仕方ない、という感情は誰もが可能性のある状況だとおもいます。ちいさかった私は、若いふたりの邪魔者として育ちました。その赤ちゃんも、不幸なこども時代になりませんように他人ながら心配です。流れとして、輪廻か業か前世がらみの理由があるように思います。1度、母も流産したそうですが弟は産まれました。現在おとうとは、見知らぬ継母と父に囲まれて遠い地で暮らしています。母は、私を産んで離婚し、弟を産んで離婚し、現在は再々婚して遠い地に暮らしています。 私達は皆いつか死ぬけど、少しでも悲しまないで…的な素敵なフォーラムだと感じてきました。(ここを眺めている優しい皆様は、増加する幼児虐待死をどう思うのでしょう…ニュース記事の、若い男女・幼児が邪魔で暴行・泣きやまないetc聞き分けないetc、殴り殺す等)
母は職場などでは、真面目で親切で実直な女性です。養父も信頼ある実直な教員でした。こうした表面的には平穏な家族でも、こんな膿をつくろっている場合もあるのです。いつだれが不幸なこどもを世に送り出すかわからないのです。べつに絶対に揺るぎない信念で産むべき、とかじゃないのかもしれません。捨て子だって、強く立派に育ちますから。でも、Jcフォーラムなら心ある女性達に、聞いてほしかったのです。どこででも転載引用してくださって結構です。
以前、新宿で虐待中の親子を目撃したとき、私は割って入る事ができませんでした。後悔しています。迷子になって改札に戻ってきた赤ちゃんを、父親が蹴り飛ばしていました。たぶん探させた時間に苛立って蹴った感じでした…(経験したので)。そういう男を選ばないという方法が一番です。そういう男の子を妊娠しないという方法を選択してください。産まずにおこうという選択も潔いです。
あやのさん♀(08/17/2007)
あやのさんへ おっしゃることは私もよーくわかります。私の親も2回結婚し2回とも離婚しました。私も、実の父でない人にはやはり愛されてはいませんでした。でも、私は生まれてきて本当によかったと思います。確かに人生の一時期は不幸だったのかも知れません。育った境遇が私の心に今でも暗い影を落としていることも否めません。それでも私は、悲しみや失望は、喜びや楽しみと同じだけの価値があると思いました。喜びや希望だけが人生にとって価値があると思えば、私の人生は不幸が多いのかも知れません。でも私は、絶望したり、人生の全てを悲観したり、愛に飢えたりするその心の動きを自分で感じられる体験も、素晴らしい体験だと思いました。それは私の心に憂いや情緒を与え、感受性を強くさせました。私は何事も深く考えるように育ちました。冷静さを養い、目の先の行動や言動に囚われず、人の生き様を寛容に見られるようになったのかな と思います。私は人生は喜びと悲しみ、両方を与えられるのだと思っています。喜びが多いことが幸せだと思い込んで、人は生きていくけれど、大体の「喜び」は、我欲を満たすものです。愛されたい、与えられたい、認められたい、不安をなくしたい、そういう自分の欲が叶うことが「幸せ」や「満足」な人生だと言っていいのかな、って思うんです。もしそうだとしたら、私を愛さなかった人達も、ただ 「自分が快適さに満たされたい」だけで、そのように行動しただけなので、私にも誰にも、責める資格はありません。でもそれが「好ましくない行動」なのだとしたら、私は、「満たされる」ことは、我欲をかなえることとは、違う意味だと思います。だから、もっと深い意味が命にはあるのではないかなと、私は思っています。
親が親として、できるだけ立派に責任や勤めを果たすかどうかは、本人の人生の意義上、とっても大事なことですが、私はそれは、どこまでも本人の問題だと思うんですよ。私(子供)が「親」に影響を受けることは事実だけれど、「与えられた境遇でどう生きるか」というのが人生なので、私は私の人生を生きるし、親は親で、欲や誘惑に打ち勝つことが課題で、私は私で、「影響されて悲しみや絶望に支配されない」ことが課題かなーと思っているんですよね。だから、ちょっと誉められない親だけれども、「お互い宿題を頑張ろうね」という気持ちで、愛しているんですよね。この対象が「親」でなく「ただの他人」だったら、「なんて勝手な人だろう」って思って、それ以上、私の心に愛は生まれなかっただろうなと思うんですね。 親が「自分の利益に邪魔になる子供を愛せない」という課題にぶつかって、同時に反対側では、私が「自分の願望を満たしてくれない親をどう愛するか」という課題にぶつかっていたわけで、私だけが無垢で純粋で被害者だったわけでもないし、鏡のように同じ課題を抱えていただけだと思ったんです。
世の中の諍いって、大体は「自己利益に反する人との争い」なので、諍いを失くしたいと心から思ったら、まずは自分の我欲や願望を満たさないことを、自分が受け入れることなんだなって思いました。そうしたら、「愛されたい」という気持ちは、私には不必要だと思えたんです。愛されなくても、十分人生は謳歌できるし、人も自分も愛せるし、そう思ったら、本当に生まれてきてよかったな 悲しみを知って人の弱さやずるさを知ることも、心を満たす幸せなことだな って思えたんですよ。 だから私は、どんな境遇で生まれてこようとも、その人生を生きることが、その子にとって「幸せを知る切符」なんだろうな って思うんですよね。 もちろん、安易な妊娠も中絶も、育児の放棄も、よくないことはよくないし、親のずるさを容認したり、言い訳のために、「それでも命は素晴らしい」みたいな話に持っていくのって、おかしいでしょ〜とは思うんですけれど。 初めてこういうことをマジメに語ったので、まとまらず長い文章になりまして、すみません。
titiさん♀(10/10/2007)
あやのさん・titiさんの文章を読んでとても考えさせられ、そして感銘を受けましたので投稿させていただきます。 まず、あやのさんはとても辛い家庭環境での経験・子供に対する思いを率直に話されていました。私にはあまりに衝撃的な内容でした。そして、titiさんのあやのさんに対する返信も同時に読み、今悩んでいることとを重ね合わせるうちに涙が溢れてきました。 3年前に主人と結婚しましたが、主人は小さい頃から家族について悩むことが多い生活を送っていたそうです。そして今現在も、いろいろなきっかけもあり、主人と主人の両親がうまくいっていません。 先日も新年のあいさつをと、ひさしぶりに主人の実家に訪れた際もインターホンごしに「帰れ、用はない」といわれました。以前にも理解に苦しむ義理の両親の行動・言動に悩んでいた時期もありました。しかし、目の前で門前払いを受ける主人の背中を見て、その現実にただただ悲しい気持ちになりました。 私自身は恵まれた家庭環境に育ちました。ですので、家族ってこういう形もあるんだ・・・と、分かり合えずにいる家族の悲しい現実に衝撃を受けました。 でもこの主人の家族の姿をこうして見ていなければ、私は育ってきた環境や家族に今ほど感謝することもなかったでしょう。そういった意味では私にとって家族の悩みを持つ主人と結婚したのは必然であったと思います。逆に主人は私の家族ととても仲良くして、私の家族に衝撃を受けたと言っていました。
titiさんの文章で、親も一人の人間でお互いに課題をもって生きている、とありましたが、本当にそう思います。人それぞれに葛藤して生きているんですよね。主人の両親も主人に反発しながらも自分と戦っているんだと思います。そうして考えると、親と子という関係を超えて、お互い人間、がんばろう!!と楽に思えますよね。(私はいつの日か分かり合える日がくると信じています!) また、「人は自己利益に反する人を嫌う」というようなことが書いてありましたが、自分も含めそうだなと考えさせられました。自分の思うように人は動かないし、気持ちもわかってもらえるとは限らない。期待してはいけないんだなと思いました。期待せずにただその人を愛することができればと、私も思います。そうしているうちに、周りの状況を受け入れ、自分も含め愛することができるんだと思います。 うまく自分の気持ちを表現できたとは思いませんが、いいサイト・ありがたいお話にめぐり合うことができ、感謝の気持ちを含め伝えたいと思い投稿しました。本当に感謝しています。ありがとうございました。
cocoさん♀(2009/01/06)
titiさんへ(titiさんおられますか) あやのさんに対する10/10の貴女の投稿を拝見してとても感銘を受けました。 成長期の辛い体験を貴重な糧とすることで、「生まれてきて本当によかった」と言い切れるまでに人間として成長された貴女には心から敬服します。私自身とても勉強になりました。ありがとうございます。 【苦しみとは、幸せとは、心の満足とは…】貴女のあやのさんに対する返信の文章には一人あやのさんだけでなく人間関係に悩み苦しんで毎日を送っている多くの人々への暖かいエールであるとともに、人生を考える上での貴重な示唆に溢れているように思います。 ところで、お願いがあるのですが、私はある小グループのカウンセリングの勉強会に参加しているのですが、貴女の文を参加者のカウンセラーの方々に紹介することをご許可頂けないでしょうか。また他所で転載・引用することについても併せてご許可頂けないでしょうか。ご了承頂ければ幸いです。 お返事はすぐでなくて結構です。宜しくお願いいたします。
ササヤンさん♂(12/02/2007)
ササヤンさんへ 明けましておめでとうございます。 私のつたない文章にお返事を頂きまして、本当に嬉しくて、光栄に思っています。 返事が遅くなってしまってごめんなさい。勢いで投稿したものですから、後でちょっと恥ずかしくなったり、押し付けがましい行為のような気もして、読み直すこともなかったので、気づきませんでした。投稿しておいて見てないって、いけませんね。。。 もちろん、私はこの文章をどこでどう使っていただいても、構いません。お役に立てるのでしたら、こちらこそお礼を言いたい気持ちでいっぱいです。 ずいぶんと偉そうな事を書いてみたものの(笑)、私も単純に、人が喜んでくださったり、自分が何か人の役に立てると思うと、嬉しいなあ と思います。 ただ、今読み直して気づいたのですが、何ともストイックに見える文章でもあり、まるで人が自分のシンプルな願望を持つことを否定しているようにも聞こえませんでしょうか? 私の真意はわかっていただけていると、なんとなく信じておりますし、きっと人も言葉も、出会うべき人に出会うのだろうと思いますので、ササヤンさまに、上手く補完していただけると思うのですが、ちょっと心配になったりもしました。 どうぞ、その点は、よろしくお願いします。 返事が間に合うことを祈っています^^ 皆様にも私にも、愛と光が降り注ぎますように・・
titiさん♀(2008/01/01)
titiさんへ 明けましておめでとうございます。久しぶりにこちらを訪れ、titiさんのお返事を見つけて嬉しくなりました。 お願いの件、快くご了解下さりありがとうございます。さっそく今月下旬に予定されている勉強会で、是非titiさんの先の回答文を皆に紹介したく思っております。 それから、「ストイック」…「上手に補完をして」…とのご心配ですが、ご無用かと思いますよ。私自身は読んでいて少しもストイックな感じは受けませんでしたし、なんらかの私の補足説明のようなものが要るとも思えません。titiさんのあの素晴らしい文章は、そのままで読む人の心にtitiさんのお考えや気持ちが十二分に伝わるものと思います。 紹介した折には、参加者からの感想についてもできれば後日改めて投稿することでtitiさんにお伝えしたいとは思っていますが、これ以上この場をtitiさんとの個人的なやりとりに使用することは如何なものかとも思いますので、感想の投稿については、ジョナサンさんのお許しがあれば、載せて頂けるかも知れません、ということにさせてください。 「人も言葉も、出会うべき人に出会うのだろうと思います」ーそうかも知れません。titiさんらしい、とても味わい深い言葉ですね。 [愛と光]もおそらくは満天の星の如く、昼も夜も私たちの頭上に降り注いでいるのでしょう。願わくば仰ぎ見てそのことに気づくときが、地に住むすべての命に訪れますように。
ササヤンさん♂(12/02/2007)
titiさんへ 今月のカウンセリング勉強会で貴女のコメントを配布して参加者の皆さんよりご意見を伺うつもりにしていましたが、会の状況からみて今月の勉強会では十分な時間がとれそうもないので来月にまわすことにしました。投稿が一月遅れますがご了承下さい。
ササヤンさん♂(12/02/2007)
あやのさんへ こんにちは、あやのさん。私とtitiさんとのやりとりについては既にご承知のことと存じます。先日ある方にtitiさんのコメントをお見せしたところ「このあやのさんという人の投稿のコピーはないの?」と言われ、「この内容を話し合うのだとしても、(これは)コメントですから元投稿がやはり必要でしょう」との指摘を受けました。言われてみればその通りで、また、はじめはtitiさんのコメントについてだけ紹介するつもりでしたが、貴女の考えついても皆さんの意見を聞いてみたいと思うようになりました。
それで、titiさんのコメントの元となった親記事である貴女の投稿文についてもオフィシャルな場での紹介・転載のご許可をいただけないでしょうか。宜しくお願い致します。
ササヤンさん♂(12/02/2007)
ささやんさん江
了解です。元投稿を、どうぞ使ってくださいね。 わたしもtitiさんの投稿に、深く同感で何度も読みました。こんなにも心境が一致していて…胸がズーンとするのです。独自の意見では、個性的な部分まで発言してしまいましたがこころは一緒だとおもっています。私は今、おなじく苦境の幼い子どもたち、虐待や機能不全家庭を減らす活動をしています。実際の体験者の立場で少しでも役にたてたらという気持ちで若いお母さん達と、声かけを続けています。あたらしい世代が、穏やかな幸せに近づけるように。本職は絵と文の制作なので、地域は東京の港区です。わたし個人のsnsはこちらです。ここは、赤ちゃんのフォーラムなので、じぶんの気持ちはずっと書けずにいましたが役にたてて本当に嬉しいです。
彩乃さん♀(2008/01/25)

あやめさん、titiさん、こんにちは。 遅くなりましたが、お二方の投稿についてカウンセリングの勉強仲間や親しい周囲の方たちからの感想を伺ってきましたので、かいつまんでご報告しますね。
まずあやめさんのご意見についてですが、「理解できる」「共感できる」という意見が多かったです。「母親の愛情と保護がもっとも必要な時期に、拒否され疎まれた心の傷は簡単に癒えることは難しいし、そうであれば自分のような不幸な子供がこの世に誕生することを避けたいと願う気持を強く持つようになっても当然かもしれません」 「自分のことを[冷淡な人間になった]といっているけれど、片親が違って年も離れているにもかかわらず弟さんの安否を気遣うところを見れば、あやめさんはむしろ情愛の深い性格だと思うーだからこそ我が子が自分のような不幸な子供時代をすごすことは想像するだけできっと耐えられない思いがするので子供を産まないことにしているのでしょう…。」などのご意見がありました。 一方、「産まないことにしていても、もしも妊娠していることがわかればやっぱり産む選択をすべきではないか。titiさんのような子供が生まれるかもしれないのだから」ーという意見もあり、これには私自身「なるほど」と思ったことでした。
次にtitiさんの投稿についてですが、これは予想していたことですが一言で言って「うわー、すごいねこの女(ひと)」というものでした。すごいの意味はtitiさんの逆境に負けない精神力であったり、冷静に自分や他者をみる能力であったり、暖かい眼差しで他者をみる優しさであったり、いろいろでしょうけれど、まぁ皆さんかなり感じるものがおありだったようです。中に「鏡のように同じ課題を抱えている」という見方はユニークだよね、と評された方がいましたが、私も同感です。それと、皆さん、自分に対しても人に対してもその身勝手な振舞いの基を「幸せを求める」心のなせる業と捉えるところも鋭い着眼だし、さらにそれを決して非難すべきものではなく、OKとして受け入れて、他者の言動を暖かく理解と共感で受け入れているところが凄いよねーというある人の意見にその場のいた人たちが一様に強く賛意を示されました。これは日頃から心の問題を扱っている人たちだから交わされた意見かも知れませんが。
なお、「あやめさんのお考えからは、お母様からの影響が大変強く尾を引いていることが見て取れるし、[育ってはいけない子][存在してはいけない子]という想いが、お母様の自らに対する意向であると(無意識のメッセージと)受け取り、その意向をあやめさん本人も受け入れることで、今までの人生を生きてこられたことが、赤ちゃんの問題に限らず現在のさまざまなご自身の考え方や世間との関わり方に大きな影響を及ぼしているような気がしますね」ーとの意見がありました。だけど、「この自らの自己評価というか、心のクセのようなものがもしあるとしても、それは子供の頃に自分で受け入れることを決めた考え方なのだから、自分が拒否して新たな自己評価・自己価値観をつくりあげることで別の人生観・世界観をつくることは可能だから、肯定的なライフ観を作ったほうがいいかも…」という意見があったことを付け加えておきますね。
短いですけど(もっといろいろご意見はあったのですが)以上です。他の人の意見を聞くことはとてもためになりますね。お二方にはとてもよい勉強をさせて頂きました。あらためてお礼を申し上げます。また、このような素敵な学びの場所を提供されているJCフォーラムの運営者様にも感謝申し上げます。このフォーラムに関わるすべての皆様に幸せの息吹が天よりありますよう。
ササヤンさん♂(2008/02/25)
ササヤンさん、ご報告ありがとうございます^^ 私も今回投稿したことで、お手伝いが少しできたんですよね。他にも嬉しいお言葉を頂いて、私もとても嬉しいです。私はササヤンさんやあやのさんのように、なにも自主的に活動していないですから、こういう機会でもないと、何も。 それにこれも、最初にあやのさんが率直に感じたことを綴ってくださったから始まったことですよね。書かれた内容はどちらかというとマイナスな感情だったかも知れないけれど、でもこれが違う話だったら私は何も言わなかったし、ササヤンさんの活動にも関われなかったんですよね。 だから「自分の言葉を率直に伝えてみる」って、やっぱり素敵なことだなあと思ったんですよ。 本当にありがとうございました。 この場を借りて、皆様にお礼申し上げます。
titiさん♀(2008/03/12)
titiさん。私もあなたの文章に感銘を受けました。もっと早くメールを出したかったのですが、日々の雑事に取り紛れて年が明けてしまいました。親の愛にさえ依存せず(というかできなかった事情はあるにせよ)、ご自分とご両親の生き方を相対化し、客観的に見つめてこられたこと、そしてそこに至るまでの過酷な日々を思い、胸がつまりました。私も、幼少期からずっと「何とか生き延びてきた」という思いがあり、満身創痍の感覚と、今後の長い人生を思ってしばしば途方にくれたことが思いだされますが、それでもやはり、人生は喜びと悲しみ、両方を与えられるのだと思います。どちらかというと私などは悲しみの中に、たまに喜びというぐらいではないか、と思ったりしていますが、そんなことに拘泥しないtitiさんの姿、「愛されなくても、十分人生は謳歌できるし、人も自分も愛せる」「悲しみを知って人の弱さやずるさを知ることも、心を満たす幸せなこと」と言い切れる強さに感動しました。そして、「生まれてきてよかった」という言葉に勇気づけられました。この言葉に出会えてよかったと心からお礼を言いたいと思います。titiさんにこれからも愛と光が降り注ぎますように。
silver3さん♀(2008/01/14)
あやのさんへ/私はあやのさんの言おうとしている気持ちが少し分かりますよ/生まれてきた子供は、必ず死にますもんね/やっぱり、死ぬ時って苦しいじゃないですか。痛いじゃないですか。出来れば自分の子供にはそんな体験させたくないな、って思ってしまうんですよね。
s_akaさん♀(09/13/2007)
あやのさんへ 今日あやのさんの記事を読みました。 あやのさんのお母さんは、あやのさんを産んだ時、本当に嬉しかったと思います。 ただ、お母さんも一人の女性です。人を好きになる気持ちはどうしようもないと思います。たとえ結婚してても。ただ、結婚している以上、踏み込んではいけない領域もあります。お母様の場合、結婚・離婚に関しては、彼女自身の感情に折り合いをつけ、冷静に判断するのが難しかったのだと思います。どんな事情があれ、精神的に子供だったのでしょう。そのお相手の方も。 私も、家庭のことを他人と比べ、両親に不満もあったし、何故生まれてきたのか、自分の子供がこんなめに遭うなら、将来子供を持ちたくないと思ったこともありますが、生んでしまえば本当に可愛いです。 出産時に病気になり緊急処置だった事もあるし。子供を生むのは本当に大変です。そして、先日子供を授かりましたが、前回の恐怖とまだ肉体的に子供が育ちにくい環境でもあり、2人目を空に返してしまいました。心身ともに産める状態なら生みたかった。そして、子供を宿したことへの責任を考えると、子供からしてみれば親の勝手な事情と言えます。後悔してもしきれません。どこか優しいご両親のもとで幸せになってくれることを祈っています。 話は逸れましたが、現在居る子供に対してうざい、と正直その場の感情が湧き出る時もありますが、その行動自体子供の成長の過程であり、子供だから仕方ない、といつも気持ちを切り替えるとその子の様子が面白いものとして映り、虐待など考えもつきません。 どうぞ、ご両親のことは、反面教師として捉え、子供の誕生を肯定的な見方に変えてみられたらどうかな、と思います。
ヨーグルトさん♀(08/30/2007)
あやのさんへ、 とても考えさせられる投稿だと思います。おそらく賛否両論あると思いますが・・・。確かに、汚染された世の中に出てくる穢れていない魂は、かわいそうなのかも知れません。実際に私もそう思う事があります。しかし、このJCフォーラムでは、赤ちゃんは人生を選択してくるというのが定義だったと思います。おそらく、あやのさんや弟さんは、大変な境遇の中に生まれてきてしまったのだと思いますが、定義から考えると、自ら選択して来たという事です。実際に、そんなことでは納得も出来ないし癒されないのかも知れません。(勝手言ってごめんなさい。)私も、人の親として悲しいニュースには胸が痛みます。また、自らもしっかりと戒めなければいけないことを子供にしてしまうこともあります。 でも、思うのです。子供を生んだから親になるのではなく、子供が親として成長をさせてくれるという話は本当だって・・・。確かに、それでも成長しきれない人も大勢います。しかし、悲観しすぎても仕方がありません。現状で、自分が出来る最善のことを皆が努力して生きていくことが大切なのでは無いでしょうか? あやのさんの現状を把握していないので、勝手なことを申し上げますが、弟さんとあやのさんが一緒に暮らすことは出来ないのでしょうか?(出来るのであれば、とっくにしていますか?)私は、あやのさんも弟さんも、また他の皆さんも今よりも少しでもより良い生活が訪れることを願っています。とりとめもない文章でごめんなさい。
moonlakeさん♀(08/24/2007)
あやのさんへ。あなたは、今生でとても辛い思いをされてきたのですね。どうか、そんなご自分を大事にされて欲しいと思います。精神的に安心感が特別に必要な時期に家族間での葛藤を体験してきて、ご自分の心のより所を見出せないのでしょう。 今は、以前より簡単に離婚する人が増えているように見えますが、離婚する理由が何によるかが一番大事なのではないでしょうか?親が離婚を考える時、必ず子供に与える影響を考えるものだと思います。 でも、残念ながらあやのさんのお母様はそこまで考える心のゆとりがなかったのでしょうね。もしくはよっぽど楽天主義者だったか。 今のあやのさんに言えるのは、「お母様は反面教師だったと考えてみては」と言うことです。こんな言い方をしても納得できないのは承知です。 今生だけのことを考えると、自分が体験してきたことがとても恨みがたくご両親を許せない気持ちで一杯でしょうが、そこから抜け出そうと決心することをお勧めします。私は霊的な関連から人を癒す手助けをする仕事をしておりますが、私に出来るのはその人が「癒す」と決めた範囲でしかワークすることが出来ないのです。どんな人も自分自身に許したことしか受け取ることが出来ないのです。 今のあやのさんに通じるかはわかりませんが、あやのさんがどれだけご自分の内面を掘り下げ、ありのままのご自分を愛せるかでこれからの人生が決まるのだと思います。 ご自分を許し愛せるようになるまでに時間が掛かるかもしれませんが、どうか色々なセラピー、ヒーリングワークを通じて新たな未来を探求していって欲しいと思います。
mamaさん♀(08/26/2007)
あやのさんの体験はとても辛かったと思います。でもその気持ちに対して悲しい気持ちになりました。このフォーラムは以前はお母さんを選ぶ赤ちゃんでした。今は人生を選択する赤ちゃんです。私も長いこと不妊治療をしていますが、このフォーラムを読んで赤ちゃんはこの世に自分自身で選んでくると思っています。赤ちゃんは劣悪な環境・親を思い悩みながらこの世に来るでしょうか。もし分かっていてもそれでも来るのだと思います。私たちはこの世に生まれた学びがあると思います。あやのさんの学びはとても深いものだと察します。弟の人生を心配されてもいます。どうぞそれを大切にされてください。私はあなたが体験したつらい出来事や虐待されていた子供のことを学びだから仕方がないと言っているのではありません。だけどその体験によってこれから生まれてくる赤ちゃんをかわいそうだとは思わずに私たちに何が出来るかを考えていきませんか。どうぞその辛い体験・気持ちをすこしづつでも解放し、光に変えていってください。
はなさん♀(08/27/2007)
たくさんのおへんじありがとうございます。 中絶なさる女性はすこしも、悪くありません。どうかそれいじょう苦しまないでください。おなかのなかで天使に戻っても、悲しまないでください。女性は悪くなんかないのです。たまたま私は、ちいさい頃は「私なんか産まないで中絶してくれればよかった!」「(いまでいう)こうのとりのゆりかごに捨ててくれればよかった!」と強く思って育ちましたが、今は穏やかで平穏です(殴る蹴るだけが虐待ではありません)。何100億年、何100世紀めぐっている魂だというなら、天界に帰った胎児たちだって、いつか必ず幸福になるようになっています。私は出産だけはしない生涯を選びましたが、新しい命には不幸になってほしくない。こちらは、苦しむこどもを救いたい同じ思いの女性のページです。私は無力ですが、祈りつづけます。これからも、おかあさんを選んだ赤ちゃん側の立場から世界を眺めつづけています。
↑↑↑あやの↑↑↑さん♀(2008/01/02)