親愛なるジョナサンへ
私は科学者ですが、魔法を信じています。このことは、長期にわたり「個人的な私」と「職業上の私」とのあいだで葛藤を作り出していました。でも最近、私は魔法が「まだ解明されていない科学」に過ぎないということを悟ったのです。例えば、150年前の人は電気を魔法だと思ったはずです。1940年代の人々でさえ、電子レンジを見たら奇跡だと思ったに違いありません。
「時は曲がっている」とアインシュタインは語りました。長いこと私はこの言葉の意味について考えつづけてきました。私は幽霊について自分なりの理論を持っています(幽霊が存在することは確かです。なぜなら、私自身、幽霊を見たことがありますから)。この理論を元にして、私は時間を螺旋と解釈しました。時間線が交差するところ(特に電磁エネルギーが高いところ)で、過去の情景(すなわち幽霊)を垣間見ることができるのだと思います。しかし今では、幽霊が目撃される理由がひとつ以上あるのではないかと思っています。同じ行動を何度も繰り返す幽霊がいるかと思えば、人間と交流する幽霊がいたりするのは、そんな理由によるのでしょう。英国のダートムーアや、オーストラリアのあちこちで、地表に花崗岩が豊富に存在する地域があります。そんな場所は特別なエネルギーで満ちているように思います。そこにある石は記憶を持っているのではないでしょうか。
「石が記憶を持つ」というのは決して突飛な発想ではありません。結局のところ、私はこの手紙をパソコンで打っています。パソコンはデータを書いたり記録したりするため、石を原料としたシリコンを用います。シリコンチップでそんな業ができるのでしたら、岩のなかにあるシリコンの結晶も情報を保存したり、放出したりする能力を持っているに違いありません。現代の科学者が「迷信のたわごと」と呼んでいるものが、明日になったら「飛躍的な知識」に格上げされる可能性は充分にあり得るのです。